長き鬱な日々
うつ病での生活を気ままに
最良の未来
それは私が死ぬこと。

死んでしまえば、肉親、知人を心配させることもなくなるし、国からの援助を受けなくてもすむようになるし、自分自身ももうこれ以上苦しむこともなくなる・・・

一時的には迷惑がかかると思う。

葬式、風評などなど・・・

でも長い目で見れば私がいないほうがより良き未来に進むんだと思う。

・・・・・これも誇大妄想に過ぎないのだろうか。

私が死ぬことでは何も変わらないのではないだろうか。

肉親、知人を悲しませるだけ。

お金を使わせるだけ。

何も得するものはないのではないだろうか・・・

そう考える自分もいる。

迷惑は人間生まれたときからかけているもの。

だれも迷惑をかけない人間などいない。

迷惑をかけていないとの賜るほど尊大に私はできていない。

でもより迷惑を小さくするように生きているつもり。

私が死ぬことはどんな影響を与えるんだろう。

それとも何も影響など与えない?

生きていることが迷惑と考えるなら、死んだほうがいいのだろう。

影響など与えていないと思うなら、何の価値もないのだとしたら、このまま隠居したように生きていくほうがいいのか?

私はいてもいなくても変わらない、そんな存在なのだろう。

それならば・・・・・・・・
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コメント
この記事へのコメント
何も変わりません・・・
古今東西、生と死はあたりまえのように繰り返されています。

こみ〜さんが自殺されたとしても50秒に一人が自殺している

日本の自殺者の中の一人となるだけで何も変わりはしません。

そもそも、人間の人生の価値などは初めから存在しません。

宇宙レベルで見れば下等なバクテリアの死も人間の死もさしたる

違いはありません。

人生とは単に自己満足でしかありません。

自殺が自己の満足を満たすのであればそれもまたひとつの

幸せの形だと思いますが・・・
2009/11/04 (水) 13:14:18 | URL | のり #-[ 編集]
思考
生物の死、それはありふれたものです。

人間には考える力があるから、こうして悩み、悲しみ、苦しむのでしょうね。

私が死んだとしても生物レベルで見れば一個体が消えてなくなったに過ぎません。

そこに感情がなければ、こみ〜という肉体の消失という事実が残るだけです。

私自身はもう十分に生きたと思っています。

心残りはありません。

すぐに死ぬか否かは別として、いつでも死のうと思えばしねます。

覚悟など大仰なものもありません。

ただ、ただ消えるだけ。

それだけに過ぎません。

生も自己満足。

のりさんの言う通り、死も自分自身が満足と思えれば死ぬのはまったくかまわないことなのだと思います。

そこに未練や後悔がないのなら・・・
2009/11/04 (水) 16:21:56 | URL | こみ〜 #gIrcDaCY[ 編集]
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